5月23日までのCOVID-19推移グラフと、気になる出来事。

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確認数は、「一日あたり50人未満」と言ったほうが、適当になってきた。でもこれは、「SARS-CoV-2の感染が治まった」というよりは、「会社勤めが始まったので、診察どころではなくなった」と考えたほうが、無難の気がする。

気になるのは死亡者数の伸びで、それまで「一日あたり、およそ20人」と言って差し支えなかったものが、10人程になった。確認数の伸びの変化と足並みが揃っていることに、やや違和感を感じている。まるで「”5月18日以降は、減少方向を示している”のプランで行きましょう」と、示し合わせをしていたかのように見えてしまう。


死亡数の扱いについては、過去に何度か定義の変更(「この方はCOVID-19で亡くなった」と判断するルールの変更)があったと思う。
次のグラフは、WHOで集計されている死亡者数。4月の末頃と5月の頭頃に、大きな変化がみられる。休日を挟んだ為に報告が滞っていたのでなければ、定義の変更があったと考えたほうが、良さそうな気がする。
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なにかこう、「数字なんでいくらでも調整できるんだよ」という世界で、私たちは喧々諤々させられている気がする。



小耳にはさんだニュースだけれど、入学式が、9月になるという。そういう方向で進んでいるという。

本当に、それで良いのだろうか。「自民党が掲げているから」とか、「安倍晋三が言っているから」とか、そういう理由で賛同を手を挙げてはいないだろうか。
例えば仮に、この案を民主が掲げていたら、賛同しただろうか。枝野幸男が「9月入学にしましょう」と言っても、賛成しただろうか。蓮舫が「9月じゃだめなんですか」と言ったとき、「そうだそうだ。9月にすべきだ」と声を上げて讃えただろうか。

もし、9月入学が本当に素晴らしいアイデアなら、どの政党の誰が掲げようが関係なく、賛成の手が挙がるはず。ならば、9月入学の案は、政党が変わった時に決を採っても良いのではないかと思う。

冬が終わり、春の訪れとともに草花が芽吹き、桜が咲く。よし、これからだ。という気持ちの中で、新学期を迎える。元気よく玄関を駆け出した子供たちに合わせて、萌えたつ青葉の五月を迎える。こうした四季折々の変化の中に暮らしていることに趣を感じなければ、日本人というよりは、ただの「日本という国に住んでいる人」になってしまう気がする。

残暑厳しい9月の入学をやってみて、多くの国民が心のどこかで「これは取り返しのつかない失敗だったんだゃないの?」と感じるのではないかと思う。しかし、多くの人の胸のうちには関係なく、報道で挙げられる「世論」は賛成が6割で、メディアでは、9月入学がさも当然のようなことを掲げると思う。

困っているのは今年の入学生なので、彼らにだけ何かをお願いすれば良いのではないだろうか。今の行政の考えは、指先に絆創膏を貼るだけの怪我にも関わらず、腕ごと切り落として交換する手術を敢行しているように見える。外科手術が病みつきになってしまった黒い医者のように見える。

どうして、多くの国民がCOVID-19で右往左往しているこの時期に、長く続いていた日本の文化を崩すような取り決めをするのだろう。このブログの記事のようにCOVID-19の話題に紛れてしまい、そんな出来事があったと気付かず、見落としてしまっている人もいるのではなだろうか。


5月16日までのCOVID-19確認数推移グラフと、雑感

今まで何の考えもなしに「感染者数」としていたけれど、これからは「COVID-19確認数(confirmed COVID-19)」と書くことにした。グラフに出ているのは、検査でSARS-CoV-2に感染しているのが分かった人の数・・・のはずで、破線は近似線(大まかな流れを表した線)。
表題が変わっただけで、データそのものは変わっていない。

※SARS-CoV-2はウイルスの名前で、COVID-19は、そのウイルスが引き起こしている症状の名前。前者は「重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2」といい、後者は「新型コロナウイルス感染症」という。(WHO談)。

※報道で多く使われている「新型コロナ」は、ウイルスそのものを指しているのか、症状を指しているのか、一連の騒動を指して言っているのか、よく分からない。

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4月16日に緊急事態宣言を出してから一ヶ月。三週間かけて、どうにか線を横に向かせることだけは出来たという感じがする。 これでも一日100人くらいのペースで増えている。

うつされるまでの日数や、症状が出るまでの潜伏期間(最大2週間。平均5.8日)、症状が出でから病院に行き、診断が下りて統計に上がるまでの日数を考えると、連休明けの人の動きがグラフの形に表れてくるのは、来週以降になると思う。



5月14日。政府は、39県に対して非常事態宣言解除を出した。
「そう判断するに十分な材料がそろった」というよりは、「そう判断させるに十分な材料がそろった」で、「経済成長率を懸念しての判断」というよりは、「支持率を懸念しての判断」という気がする。

(グラフの線が横を向き始めたのが5月7日として、宣言を解除した14日までが一週間。
 連休が終わったのが11日だけど、連休明けの人の動きが感染にどう影響したかというのは、まだ統計に表れてないと思う。そんな中での解除は、タイミングが早い気もする。
 いずれにしても、やってみなければ分からないこともあるので、”まずはお試し39県”は、間違いではないとは思うけど)

この先、
・SARS-CoV-2に感染しているのに、COVID-19を発症していない人や、
・SARS-CoV-2に感染しているけれど、病院に行くほどの症状でもなかった人
(どちらも別の意味で”ウイルスとの共存に成功した人”で、おそらく統計上の感染確認数に足されていない)
がうつしてしまうこともあるだろうから、用心を続けることは大切だと思う。

(この妙な形でウイルスとの共存に成功してしまった人たちの数をはじき出すのが、今後の戦略に役立つのだろうけど、なかなかそれも難しいと思う。特効薬ができるまで事態が終わらないのであれば、妙な作業にお金をつぎ込むよりは、薬の研究費に回したほうが良さそうな気もする)


さっぱり話題に上がらないけれど、日本はオリンピックを控えている。COVID-19に対する安全性や、対策の優秀さをアピールしなければいけないとなれば、無理筋でも「安心安全の国、ニッポン」神話を作るのでないかと思う。
おそらくは、灰よりもずっと効果的に働くものをばらまいて、枯れ木に花を咲かせるのだろう。



死亡数。
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素人考えになるけれど、
A:体調の悪い人が、検診に行く。検査を受けて、初めて感染したと分かる。
B:自覚症状が表れていない人が検診に行くのは、まれである。
としたとき、Aの層は感染確認数として統計に数えられるけれど、Bの層は数えられない。

そんな中で、
・SARS-CoV-2に感染しているのに、COVID-19を発症していない人がいる。(前述のB層はここに含まれる)
・COVID-19を発症していない人からも、SARS-CoV-2は感染しうる。
(どちらも厚生労働省談)
ならば、たとえ統計上の感染確認数が0になっても、感染は続き、死亡数は増え続けるのではないかと思う。
(厳密にいうと、うつされて重症化した人が感染確認数に数えられるので、その分だけ感染確認数は増える)

誰が鬼なのか分からない鬼ごっこをしている気がする。
この鬼ごっこの辛辣なところは、鬼自身が、自分が鬼だと気付いていないことだと思う。


以下、ぽつぽつと書いていったものを並べる。



どうして、皆、口をそろえて「新型コロナ」と呼ぶのだろう。

みんなの言う「新型コロナ」の新型が出たとき、それを何と呼ぶのだろう。百年後、何か別の新しいウイルスが蔓延したとき、 2020年を振り返って語る人にも、新型コロナと呼ばせるのだろうか。百年経っても二百年経っても、「新型」コロナなのだろうか。

新しい/古いうという相対的表現を選んでいることに、どうにも頭の悪さを感じてしまう。あらゆる事態を考えていないのが、対峙している問題の呼び方から見えてしまう。
そこへきて、入り口がどうの出口がどうのと戦略について語っているのだから、余計に可笑しく見えてしまう。

「新型NEWコロナ」が蔓延しないのを祈るばかり。



どうしてみんな、「自粛」というのだろう。

行政の「あまり出歩かないでください」という呼びかけてに対して、自ら進んでそうしているのだから、「粛」ではなく、積極的参加ではないだろうか。
家の中でじっとしているだけで国策に協力しているという、まるで夢のような話なのだけれど、どうしてそれを、つつしみかしこまっていると捉えたり、檻の中に閉じ込められているかのように捉えているのだろう。
どこかに錯誤があるのではないだろうか。

勅令をもって「家の中でボーとしていても宜しい」と言っているのに、なお「疲れ」などとぼやいているのだから、下したほうも「いったい君たちに何をさせれば安まるのか」と嘆いているのではないかと思う。



ガーナ共和国の魚処理工場で、たった一人から533人に感染したというニュースを読んだ。
感染力の強さはもとより、533人から一人に行き着いた努力に、興味がわいた。数々の感染症との闘いから得たノウハウがあるのだろう。

日本の会社で同じようなことが起きたら、正しく一人にたどり着けるだろうか。だれか適当な社員・・・いかにもそういう風の社員や、切っても差し支えない社員、扇動家気質に目を付けられてしまった哀れな社員を指さして、「こいつが犯人」で済ませてしまうのではないだろうか。

厚生労働省は、関連企業の代理店でもしているかのように、テレワークを推している。でもやはり、いろいろなな面での安全性を考えると、「距離を置く」は正解の気がしてきた。

#日本なら、テレワーク

なのか。



日本の報道と、海外の報道で、大きく違って感じたものに、医療スタッフの扱いがある。

記事を読んだ印象になるけれど、海外では、医療に従事している人を、共に戦ってくれている僕らのヒーローのように取り上げている。

これが日本だと・・・外からは病気を媒介する藪蚊のように見られ、上からは使い捨てユニットのように扱われている気がする。そんな印象を受ける。

医療従事者に対する戦略の違いを感じている。
COVID-19の問題で苦戦を強いられているのは誰でしょう? というアンケートをとったとき、「患者」「医療スタッフ」といった答えが出てくるのは、だいぶ下のほうではないかと思う。



(A)SARS-CoV-2に感染していない人と、
(B)SARS-CoV-2に感染したため、COVID-19を発症している人と、
(C)SARS-CoV-2に感染しているけれど、COVID-19が大きな症状として表れていない人がいる。

Bはともかく、Cも感染源になりえる。これは私が言っているのではなく、厚生労働省が言っている。厚生労働省のホームページに行けば、「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」として、いろいろなことが書かれた文書が手に入る(無料)。

この文書で心打たれたのが、「新型コロナウイルス感染症から回復した者が差別されるなどの人権侵害を受けることのないよう、円滑な社会復帰のための十分な配慮が必要である」の一文。差別は良くないし、矛先を違えてこぶしを上げる人が蔓延するのも良くない。

この文書の残念なところは、人には「配慮が必要である」と言っておきながら、政府自らには配慮の努力を感じられない点。”新しい法律を作る のなんてチョチョイのチョイ”であるならば、差別行為が実行されないように、もっと積極的に働きかけても良いのではないかと思う。




上海ディズニーランドが再オープンした。
感染対策については、なかなか考えられていると思う。

一つ苦情を言わせてもらうと、ミッキーもミニーもマスクを付けていない。(手袋はしている)。東京ディズニーランドを再オープンさせるときは、ミッキーやミ ニーにもマスクを付けてやってほしいと思う。…ドナルドダックは、どうするんだろう。

一列に並んで手を振るときも、お互いの間隔は2メートル。夢の国だから と治外法権を行使せず、AVOID THE COVID-19。KEEP THE SAN-MITUを保ってほしいと思う。

(夢の国の住人も、現地にいる間は夢の国の人だけれど、閉園時刻を過ぎれば、シンデレラ同じく日本の1住民に戻ると思うので)


薬局の棚に「COVID-19に良く効くナントカチン」が並ぶまでは、終わりはないと思っている。

5月9日までのCOVID-19感染推移グラフ

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あくまでも、検査によって感染が確認された数になる。実線で示した感染者数の形と、破線で示した近似値の形が、だいぶ違ってきた。近似の取り方を変えたいところだけれど、「緊急事態宣言を出さず、民草は相変わらずちょろちょろと出歩いているという事態が続いていたら、こうなっていただろう」という啓示の意味も含めて、指数のままで描くことにした。春を待つチョウのように、夏を待つセミの幼虫のように、おうちの中でじっと耐え忍んでいる日本の住人に拍手。

線の上りは緩やかだけれど、これでも、一日100~200人くらいのペースで増えている。グラフに示した近似値ではなく、もっと現実的な数式で予想を立てると、五月末には2万6千人になってしまう。
それくらいになっても、おかしくないと思う。なにせ日本は「観光立国ニッポン」をはじめ、外国人を多く受け入れる政策を奨めていた。水際で止めようとバリケートを敷いたときには、すでに震源は柵の中で、人から人へとうつしていった後(もしくは、うつしている真っ最中)だったのではないかと思う。外からの侵入に神経をとがらせている後ろで、内部感染を続けていたのではないかと思う。

不確かな過去の失敗はさておき、検査機関が整ってゆくにしたがって、感染者数も増えてゆく。日常を取り戻して、人の行き来が増えるにしたがって、うつす/うつされるのリスクも高くなる。感染者数の数字は、これから増える時期を迎えると思う。


5月4日、政府は緊急事態宣言延長の御触れを出した。五月いっぱい、がんばりましょうという。そのまま梅雨に入ってしまえば、外に出る機会も自然と減るので、梅雨明けまでのもう一、二ヶ月は得をする。うまい策だと思う。
ただ欲を言えば、もう一か月早く緊急事態宣言を出していたらと思う。「春休みにおじいちゃんおばあちゃんの家へ・・・」でうつしてしまったケースもあったと思う。



周辺諸国はどうなっているのかという表を出す。
データソースの違いや、データを取ってくるタイミング。基本データの扱い方(地球の総人口は?など)の違いによってぱらつきはあるだろうけれど、おおむね誤差範囲に収まるのではないかと思う。


人口当たりの感染者 人口当たりの死亡者 感染者あたりの死亡者




日本
0.012%
0.0005%
3.79%
ロシア
0.121%
0.0011%

0.92%
韓国
0.021%
0.0005%
2.37%
中国
0.006%

0.0003%
5.59%
台湾
0.002%
0.0000%
1.36%
香港
0.014%
0.0001%
0.38%
ベトナム
0.000%
0(死亡者0)
0.00%
タイ
0.004%
0.0001%
1.84%
フィリピン
0.010%
0.0007%
6.62%
オーストラリア
0.027%
0.0004%
1.41%
アメリカ
0.389%
0.0226%
5.97%
カナダ
0.172%
0.0115%
6.70%




グランドプリンセス号
2.915%0.0849%
2.91%
ダイアモンドプリンセス号
19.186%0.0350%
1.83%




世界
0.050%
0.0035%
7%


計算するまで見えてなかったのだけど、感染者あたりの死亡数の高さ(世界規模で7%)に驚く。

グランドプリンセス号とダイアモンドプリンセス号は、大型客船。(横浜港に来たのが、ダイアモンドプリンセス号)。職場のような閉じた環境(窓が閉まっているという意味ではない)のモデルになると思う。

データとして回復者の数もあるけれど、感染者数以上にあてにならない値なので、グラフに取っていない。世界共通のルールがあるわけでもなく、「あの人、回復したから帰しました」と報告すれば、それだけで回復者になってしまうので。(そもそも、症状が回復した数であって、ウイルスを除去できた数ではない)



せっかくなので、世界規模での感染者数の推移も載せる。
近似値は、指数ではなく対数を使っている。
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数えられる限り増え続けているという状態だと思う。
日本は夏になるけれど、オーストラリアや南米、南アフリカは、これから冬を迎える。生活基盤が整っていない地域は、大変だと思う。

地球サイズで考えているとき、日本の報道にある、どこで何人、あっちで何人というやりかたが、どうも的外れに感じてくる。
大きな何かから目を逸らすために、小さなものに焦点を当てているようにも見える。



日本の死亡者数がまだだったので、載せる。
一日20くらいのペースで増えていると言っても大げさではなく、このままカーブが緩やかになったとしても、五月末には800人の見通しになってしまう。
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力尽きたものから落ちてゆく渡り鳥の群れのような状態は、いつまで続くのだろう。



COVID-19対策に、分散コンピューティングを(Rosetta@Home と Folding@Home の、ゆるい設定)

COVID-19対策として、分散コンピューティングをやっている。
ウイルス撲滅のために、こちらから打って出ようという考えである。

COVID-19関連で有名どころだと、Rosetta@Home と、 Folding@Homeの二つがある。どちらも、そう難しくない手続きで始められる。インストールした素の状態だと、パソコンを全力駆動で使われてしまう。それこそ、研究の為だけにパソコンを使われてしまう。
できれば「知らないうちに研究に力を貸している」であってほしい。あちこちいじって調整しようというのが、この記事の主旨になる。



Rosetaa@Home (BOINC) は、オプション→計算に関するプリファレンス→計算の、「使用量の制限」で調整できる。
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上段のCPUコアは、1スレッドを1コアと数えている。
4コア8スレッドのCPUだと、8コアのCPUとして扱われる。
うちのパソコンは4コア8スレッドなので、37.5%は、「8スレッドのうち、3スレッドまで使ってください」という設定になる。 ・・・(100/8)×3

下段のCPU時間は、計算したり休んだりの時間を指している。
20%というのは、簡単にいうと、20回全力で計算したら、80回休んでください(合計100%)という設定になる。

この設定で動かしたときの負荷は、次のようになる。
rosettaCPU.jpg
全力駆動しては休むの繰り返しなので、背の高い柱が立つように負荷がかかる。
負荷がかかったりかからなかったりの繰り返しが、電源周りの部品にどう影響するのか分からない。ちょっと不安になる。

1スレッドごとにプログラムが動くので、メモリを喰う。
3スレッド使うようにしたけれど、一つのプログラムで650Mbyteからメモリを使うので、合計2Gbyte近くを使われてしまう。ディスクドライブも、一つのプログラムで1Gbyteほど使うので、合計3Gbyte使われてしまう。
目に見えて、パソコンが重く感じる。

CPUコアを1つか使わないようにしたあとは、CPU時間のほうで調整したいところなんだけど、どう設定しても全力駆動は免れないので、使い勝手が悪い。


Folding@Homeは、いろいろと方法があるのだろうけど、とりあえず初期設定ファイルで決めている。
folding@homeのショートカットから、末尾にある --open-web-control を消して、データフォルダ内にあるconfig.xmlを、次のようにしている。

<config>
 <cpu-usage value='20'/>
 <max-packet-size value='small'/>

 <slot id='0' type='CPU'>
  <cpus value='4'/>
 </slot>

 <cause value='COVID_19'/>
</config>

cpu-usage
CPUががんばって動く限界値を指す。
20にすれば、全力駆動の20%までしか使わない。

max-packet-size
もらってくる仕事の量を指す・・・と思う。
normalだと期日に間に合わないことが何度かあったので、smallにしている。

cpus
計算に使うCPUの数を指す・・・はず。
やはりこれも1スレッドを1CPUと数えていて、4コア8スレッドのCPUだと、最大値は8になる。
実際の動きを見てみると、実コア数を上限に、ここで決めた値+1のスレッドを使っているようである。
(4コア8スレッドのCPUの場合、 '2'を入れると、2+1で3スレッド使う。ただし、'8'をいれても、実コア数が4なので、4スレッドまでしか使われない。client-threadsの値を広げてもそうなので、そうだと思う)
この部分は、Configure→Slotsのcpuから調整できる。
下げる方向で調整すればいいやということで、実コア数の4を入れている。

cause
書いても書かなくても構わないのだろうけど、「COVID-19研究の為ですよ」を主張する意味で、加えている。
ここも、Configure→Advanced→Cause Preferenceで選べる。


この設定で動かしたときの負荷は、こうなる。
foldCPU.jpg
これくらいだと、負荷はそれほど気にならない。アンチウイルスソフトを入れたような印象を受ける。(まあ、アンチウイルスには違いは無いのだけれど)
メモリも、合計130Mbyteほどしか使わない。
cpu-usageは、もう少し上げても良いかもしれない。

GPUは使っていない。
CPU同様、gpu-usage という値があって、<gpu-usage value='20'/> を書き加えれぱ20%の力で動いてくれると思っていたけど、そうはらず、常に全力駆動してしまうので。



Rosetaa@HomeもFolding@Homeも、一長一短ある。

Rosetaa@Homeは、締め切りが長いので、期限切れを起こしにくい気がする。
欠点は、針山のようなスパイク状の負荷と、メモリ喰いだと思 う。
研究発表や稼働状態の報告などは、 しっかりしている印象がある。プログラム自体も、しっかりした印象がある。

Folding@Homeは、締め切りが近いのが気になる。
計算し終わったデータを送り終わってから断わられるという、妙な動作もあった。一度プログラムを落とすと、パソコンを再起動するまで立ちあがらなくなるという仕様も気になる(うちのパソコンだけかもしれない)。
アンインストールのとき、Un_A.exeが、外部と通信する。
公式ホームページも、スタッフの顔写真を載せるくらいなら、一点でも多くの研究結果を載せてほしいと思う。
いろいろあるけど、パソコンの使い勝手は良い。

今はFolding@Homeしか動かしていない。



分散コンピューティングとは何ぞやという話がほったらかしだったので、簡単に添えると、一つのプロジェクトを世界中のパソコン(多くは家庭や職場にあるもの)に分散させて計算させようというものになる。
いうなれば、自宅のパソコンを、地球サイズのスーパーコーンピュータの1部品として使っもらおうというものになる。

春の訪れを待つかのように物事が好転するのをじっと待つのも手かもしれないけれど、小さいながらも自分ができることをやってみのも、手だと思う。



補足:
Folding@Homeについて。
コアプログラムによっては、ここにあるグラフのようにならないかもしれない。

政府謹呈マスクと雑感


政府は、一世帯あたり二枚のマスクを配るという。4月12日にそんな話があり、もう配り始めているという。
しかし、今日現在になっても、私の手元にそれらしいものは届いていない。

まだ配られていないのか、 郵便事故に遭って届いていないのか、同居人が独占してしまったのかのいずれかだと思う。

「同居人が独占してしまった」というのは面白い。健康な家庭であれば「こんなのがポストに入っていたよ」と話題になるが、健康ではない家庭だと、 同居人ひとりが我が物にして終わってしまう。

一戸二枚が意図するものが何であれ、家庭の健康状態を測る試薬にもなっているところが興味深い。


追記。謹呈マスクは、なんでも不良品がでたらしい。それで遅れているのだろうか。ポストに放り込まれても、たぶん、私の手元には乗らないと思う。 こうした家庭事情にも、政府は対応してくれるのだろうか。

同居人は、頂いたマスクを隣近所に配って、自分の評判稼ぎに使うだろう。
「マスクを政治利用するな」と言いたい。




小話はここまでにして、COVID-19に関して感じた”ゆるやかだけど大きな動き”について書く。
先週あたりから、報道の中でCOVID-19以外の話題も取り上げるようになった。それまではCOVID-19一色だったのだけれど、ぽつぽつとほかの話題が混ざるようになった。これは日本に限らず、海外のメディアを見てもそんな印象を受ける。
足並みがそろっているので、偉い人たちの話し合いの中で「ウイルス(の話題)から、人々を遠ざけましょう」ということにしたのではないかという気がする。
「人の噂も七十五日作戦」とでも呼ぼうか。話題から消えたからといって、ウイルスが消えるとは限らない。・・・というより、消えるわけがない。

日本だと、タレントや政治家、近隣諸国が話題の矛先になるのだろうか。


マスクが私の机に乗るという奇跡が起きたら、サインペンで名前を書いて、熱湯消毒しようと思う。

湘南台ファンタジア(2019)を観に行く

体調すぐれず、荷造りは終えたものの行こうがどうしようか考えた末に行ってきた湘南台ファンタジア。午前・午後と二部あるうちの、午後から。
団体名敬称略。
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個人的に外せない、ゆるキャラたち。

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湘南なぎさ連。どうして下駄がすっぽ抜けないのか、不思議でなりません。

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dk∞Freaks。

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アメリカ第七艦隊音楽隊。
厳しい号令のもと、演奏が始まるのです。じっと聴き入ってしまいました。

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White Shooting Stars

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サンバは、エスコーラ・ヂ・サンバ サウージ、学生サンバ連合ウニアン・ドス アマドーリス、G.R.E.S仲見世バルバロスの3団体。
どのチームも衣装のコンセプトが面白く、楽しめました。



モニタの色調整をしたのですが、元に戻せず。ごく普通のモニタ(たいていは青が強い)ではどのように見えているのか、見当がつきません。写真を再掲載しないといけないかもしれません。

JPEGの品質(Quality)によって画質がどう変わるのか、グラフにした

JPEGを作るときの品質(Quality)でどう変わるのか、グラフにした。サブサンプリングによる違いも添えた。
写真をJPEGにするときの参考になれば。



ファイルサイズ。
01.gif
数字が振ってある横軸は、画像をJPEGにするときに選ぶQuality(アプリケーションによっては品質と呼ばれている)。100段階ある。
縦軸はファイルの大きさ。高いほどファイルサイズが大きい。線の形を見たかったので、最も大きいファイルを100%、最も小さいファイルを0%とした。
Quality100からQuality90のファイルサイズの落ち込みが大きい。Qualityを10下げるだけで、ファイルサイズは一気に小さくなる。



再現性。
02.gif
JPEGは、Qualityを下げるとにじみが出たりブロックが出たりして、オリジナルの再現性が下がる(劣化する)。再現性の変化を数字でとらえるのに良い方法はないかと考え、元の画像からどれだけ離れているかを比べることにした。つまり単純に、元の画像とJPEGにした画像とで1ピクセルずつ色の距離を測って、総距離をだした。縦軸が高いほうが、元の画像に近いピクセルが多い。
こうして見ると、Quality30もそう酷くない(崖っぷちなのは確かだけれど)。



二つのグラフを重ねた。
03.gif
Quality60でも人様に見せられる水準を保っているのではないかと思う。
高い再現性を保ちながらもファイルサイズを30%前後に抑えたQuality85や、ファイルサイズが10%前後でありながら、まだなお再現性を保っているQuality30も、選択肢に入て良いと思った。
Quality30、40、50、60、70は、ファイルサイズがそのまま画像の品質になっている感じなので、選びやすいと思う。コストパフォーマンスを考えると、ファイルサイズの曲線が大きくなる手前(カーブにさしかかる手前)のQuality70あたりも良さそうに見える。

データには、毛色の違う写真(RAW形式)を43枚使った。
アプリケーションによってQualityの振り方に違いがあるので、画質1を選んでもこのグラフのQuality1になるとは限らない。私が編集に使っているアプリケーションはJPEGの品質を10段階に調整できるのだけど、最低の1にしてもQuality80だった。(つまり、このアプリケーションは、Quality80からQuality100までを10段階に分けている)





サブサンプリング(クロマサブサンプリング)の違いでどう変わるかをグラフにした。

2x2(4:2:0)
420.png
JPEGというと、たいていはこのサンプリング方式になると思う。先の”ファイルサイズとQuality”のグラフで使ったのも、これ。ファイルサイズと再現性の二つを重ねてある。上にある線が再現性で、縦軸が高いほどオリジナルの再現性が高い(暫定案)。下にある線がファイルサイズで、縦軸が高いほどファイルが大きい。
縦軸は全てのサンプリング方式で最も高い値を頂点(100%)にしているので、上には余白がある。再現性が頂点にあっても、再現性が100%という意味ではない。



2x1(4:2:2)
422.png
わりと多く使われているサンプリング方式だと思う。一つ上の(4:2:0)と比べても、ファイルサイズくらいしか違いが分からない。



1x2(4:4:0)
440.png
先の(4:2:2)が左右に潰してから引っ張りなおすものとしたら、こちらは上下にに潰してから引っ張りなおすほうのはず。(4:2:2)と比べても、線の色くらいしか違いが分からない。



4x1(4:1:1)
411.png



1x1(4:4:4)
444.png
再現性は高いが、ファイルサイズも大きい。
再現性が頂点にあるが、これは「再現性100%」という意味ではなく、「五つのサンプリング方式の中ではもっとも高い再現性」という意味。Quality100でも、およそ51%のピクセルが他の色に置き換わっている。



五つのグラフを重ねたもの。
ALL.png
・黄・・・1x1(4:4:4)
・緑・・・2x1(4:2:2)
・赤・・・1x2(4:4:0)
・水・・・2x2(4:2:0)
・紫・・・4x1(4:1:1)

ファイルサイズは(4:2:2)と(4:4:0)が同じような線を描いていて、(4:2:0)と(4:1:1)が同じような線を描いている。

再現性については(4:4:4)のサンプリング方式が最も高い。
(4:4:4)のQuality90と、他サンプリング方式のQuality100が同じくらいの再現性だけど、ファイルサイズは(4:4:4)のQuality90が小さい。
同様に、(4:4:4)のQuality60と他サンプリング方式のQuality75が同じくらいの再現性でも、ファイルサイズは(4:4:4)のQuality60がやや小さい。
(4:2:0)や(4:2:2)といったサンプリング方式で高Qualityをつっぱるなら、(4:4:4)のサンプリング方式で10~15Quality控えた設定を選んだほうが得に感じた。

(4:4:4)のQuality100でも、およそ51%のピクセルが他の色に置き換わっていた。もっと多くのピクセルが変わっていたかと思ったら、意外な結果だった。
これが(4:2:0)だと、91%のピクセルが置き換わっていた。

(4:2:2)と(4:4:0)では、(4:4:0)のほうがシャープに感じるときがあった。

もっとも再現性が低い(4:1:1)は、実際に画像を見るとメリハリがあって、(4:2:2)や(4:4:0)、(4:2:0)よりも見栄え良く感じることがあった。ファイルサイズも小さくなるし、(4:1:1)のサンプリング方式を選べるのであれば、一考かもしれないと思った。ただ、妙なところに干渉縞のようなものが出ることがあったので、写真を選ぶと思う。

グラフは、94枚の写真の平均値で出した。
たいていのアプリケーションは、サブサンプリング方式を選べない。写真編集ツールは、JPEGにすることきのサブサンプリング方式も選べたほうがとよいと思った。
いままでずっと(4:2:0)のサンプリング方式でやってきたけど、これからは、もう少しきれいに見えるサンプリングを選ぼうと思う。